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学級じまいは、子どもと教師の「成長を言葉にする時間」

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― 3学期行事を次年度につなげる、若手教員のための視点 ―

3学期の後半は、どうしても慌ただしくなります。
行事が続き、評価やまとめが重なり、次年度への準備も始まる。

気がつけば、「終わった」という感覚だけが残り、

「この1年、ちゃんと学級をつくれたのかな」
「やり切った感じがしない」

そんな思いを抱く若手教員も少なくありません。

でも、ここで一度立ち止まって考えてみてほしいのです。
学級じまいとは、本来「片づける時間」ではありません。

学級じまいは、
子どもと教師が、この1年で積み重ねてきた成長を「意味づける時間」です。

その意味づけがあるかどうかで、
この1年が「終わった経験」になるか、
「次につながる経験」になるかが変わります。


目次

学級じまいで本当に終わるもの・終わらないもの

終わるのは「活動」、終わらないのは「経験」

3月になると、
係活動が終わり、掲示物が外され、行事も一つずつ終わっていきます。

確かに、活動は終わります。
しかし、子どもたちの中に残るのは、活動そのものではありません。

残るのは、

  • 「自分にもできた」という感覚
  • 誰かの役に立てた経験
  • クラスの一員として認められた記憶

こうした経験の積み重ねです。

学級じまいで大切にしたい問い

  • このクラスで、子どもたちは何ができるようになったか
  • どんな場面で、その姿が見られたか
  • それは、なぜ可能だったのか

この問いに向き合うこと自体が、
すでに次年度への準備になっています。

3学期行事は「成長を可視化する装置」

6年生を送る会は、在校生にとっての学びの場

6年生を送る会は、
どうしても「6年生のための行事」として捉えられがちです。

しかし、学級じまいの視点で見ると、
この行事は在校生の成長を映し出す場でもあります。

  • 自分の役割を果たす
  • 誰かのために動く
  • 学校の一員として関わる

こうした姿が見られたなら、
それは1年間の学級づくりの成果です。

(具体例):行事を「学級じまい」に変える関わり方

たとえば、6年生を送る会の練習や準備の中で、こんな場面は想定できないでしょうか。

  • 役割分担がうまくいかず、話し合いが止まってしまった
  • 自分の仕事が終わると、周りを見ずに動かなくなる
  • 一部の子だけが頑張ってしまう

行事の最中は、どうしても
「早く進めなければ」「形にしなければ」
という気持ちが先に立ちます。

しかし学級じまいの視点では、
その過程こそが、1年間の学級の姿を映していると捉えます。

行事後の振り返りで、たとえば次のように問いを立ててみます。

  • 誰が、どんな場面で周りを支えていた?
  • 困ったとき、クラスはどんなふうに立て直した?
  • 最初の頃と比べて、話し合い方はどう変わった?

こうして「良かった行動」を言葉にして返すことで、子どもたちは
「行事が終わった」ではなく、
「自分たちが成長した」経験として行事を受け取れるようになります。

若手教員にとっての「学級じまい」

若手教員のための「学級じまい」3段階の考え方

学級じまいを、次年度につなげるために、若手教員は次の3段階で整理すると考えやすくなります。

① 成長を集める(行事・日常で見えた姿)
行事での姿、普段の教室での変化など、「今年育った行動」を集めます。

② 成長を言葉にする(どんな行動/なぜできた)
「どんな行動が増えたか」「なぜ可能だったか」を短い言葉で整理します。

③ 次年度へ一つ持っていく(続けたい関わり/仕組み)
全部を引き継がなくて大丈夫です。「これだけは続けたい」を一つ決めます。

学級じまい=すべてをまとめる作業ではなく、
“次につながるものを一つ選ぶ時間”です。

行事の出来で、学級を評価しない

若手教員ほど、
「行事がうまくいったかどうか」で
1年間を評価してしまいがちです。

しかし、行事の出来は結果の一部にすぎません。
見るべきなのは、子どもの行動と変容です。

おわりに|学級じまいは、次の学級の準備でもある

学級じまいは、終わりではありません。
行事は区切りではなく、通過点です。

この1年で積み重ねた実践は、
必ず次の学級につながります。

この1年は、確実に意味のある1年でした。

それを言葉にして終えることが、
次の一歩を、きっと軽くしてくれます。

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