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手が挙がるクラスは学級崩壊しやすい 心理的安全性が低いクラスの特徴と子どもの自己肯定感を下げる落とし穴

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突然ですが、
授業中にたくさん手が挙がるクラス、
あなたはどう感じますか?

「活発でいいクラスだ」
「指導がうまくいっている証拠だ」
と思いませんか?

実は、それが

学級崩壊への入口
なっているかもしれません。

今日は、多くの先生が持っている
「当たり前」を、
一度考え直してみたいと思います。

「手が挙がるクラス」は本当に安全なのか

手が挙がること=心理的安全性が高い、

大きな思い込みです。

「うちのクラス、最近よく発言してくれる」
「挙手が増えた」

という状態を、
先生として嬉しく感じるのは
自然なことだと思います。

でも少し立ち止まって
考えてみてください。

手を挙げているのは、
いつも同じ子ではないですか?

そして、

手を挙げていない子の表情を、
確認していますか?

Googleが行った
「プロジェクト・アリストテレス」では、
最も生産性の高いチームの共通点として

「心理的安全性」
が挙げられました。

心理的安全性とは、
「失敗しても、間違えても、
ここにいていい」

という感覚のことです。

これを学級に置き換えると、
心理的安全性が高いクラスとは、

「発言できる子が多いクラス」
ではなく、

「発言できなくても
安心していられるクラス」

ということになります。

挙手制の授業は、
「わかる子のひとり勝ち」構造を
生みやすい。

わからない子は
「また手を挙げられなかった」という
経験を積み重ね、

やがて発言することを
やめてしまいます。

これが、静かな学級崩壊の始まりです。

「手を挙げること」に価値をつけると、何が起きるか

ここで少し考えてみてほしいのですが、
「手が挙がること」を褒め、
価値づけ続けると、クラスの中に

「手を挙げること=良いこと」

という空気が生まれます。
それ自体が悪いわけではありません。

でも、その空気の中で手を挙げられない子は、

毎日少しずつ「自分はダメだ」
という気持ちを積み重ねています。

言葉で
「手を挙げなくていいよ」
と言っていても、

先生が挙手した子を
笑顔で指名し続ける限り、
子どもはその行動から

本当のメッセージを受け取ります。

言葉より、行動が語るのです。

大切なのは、子どもたちが
本当に理解できているかを、

先生が確認しようとしているか、
という姿勢です。

挙手は「わかった子が手を挙げる」
仕組みであって、

「わからない子が今どこにいるか」
は見えません。

クラス全員の理解を確かめようとするなら、
挙手以外の方法を
意識的に取り入れる必要があります。

「できている感」は誰のためのものか

先生が見ているものと、子どもが感じていることのズレ

「やっている感・できている感」
が優先されるとき、
教師の自己満足が子どもより先に来ています。

私自身、教師として働き始めたころ、
先輩の真似をした指導をしていました。

でも何かがうまくいかない。
子どもたちとの距離が
どんどん開いていく感覚がありました。

今思えば、「うまく指導できている自分」を
演じようとしていたのだと思います。

それは子どものためではなく、
「先生らしく見える自分」のためでした。

授業後、
「今日はうまくまとめられた」と
満足していた日がありました。

でも翌日、クラスのひとりに
「昨日の授業、よくわからなかった」
と言われて、はっとしました。

自分がまとめやすい流れで
進めていただけだったんです。

「手が挙がる授業ができた」
「クラスがまとまっている」

──これらが誰のための評価か、
一度立ち止まってみることが大切です。

先生の「正解」に子どもが答え合わせをする授業になっていないか

もうひとつ、
気づいてほしいことがあります。

授業の中で先生が
すでに「正解」を持っていて、
子どもたちがその正解に
近い答えを言えたときだけ

「そうそう、その通り!」
と反応していないか。

先生の正解に子どもが
答え合わせをするような授業では、
心理的安全性は育ちません。

なぜなら、子どもたちは
「正解を言わなければ恥をかく」

と感じ始めるからです。
自分の言葉で考えを言うより、

先生が喜びそうな答えを探すようになる。
それは思考ではなく、『読み』です。

もちろん、算数の計算のように
明確に正解があるものもあります。

でも、そういう場面でも、

「なんでそう考えたの?」
「違うやり方をした人はいる?」

と問い返すことで、
いろんな意見や過程が生まれ、

それ自体を価値づけることができます。

正解に辿り着く道は、
ひとつじゃなくていい。

そのメッセージが積み重なるとき、
子どもは

「自分の考えを言っていいんだ」
と感じ始めます。

特別支援の子どもが教えてくれること

特別に配慮が必要な子どもたちは、
クラスの「本当の温度」を
正直に映す鏡のような存在です。

周りに合わせることが難しい子、
感情のコントロールに時間がかかる子。

そういった子どもたちが
安心して過ごせないクラスは、

実はほかの子にとっても、
本当の意味で安心できる場所ではありません。

特別支援の子どもが

「ここにいていいんだ」
と感じられるクラスをつくることは、

すべての子どもの
心理的安全性を
底上げすることにつながります。

「あの子だけ特別扱い」ではなく、

全員が同じ場所で安心できる
仕組みを考えることが、
本質的な学級経営です。

「きき合える関係」が学級経営のすべての土台になる

先生も話す人・聴く人の中にいる

学級経営の基本は
「人の話を聴くこと」
から始まる。

そしてそれは、
子どもだけに求めるものではありません。

私がクラスの子どもたちに
必ず伝えていることがあります。

「先生の話を最後まで聴いて欲しい。
そのかわりに先生もみんなの話を聴く」

ということです。

教師の話だから特別に聴くのではなく、
クラスの一員として
話している人の言葉を聴く。

そして教師である私自身も、
子どもたちの話を
同じクラスの一員として聴く。

毎日の小さな積み重ねが、
子どもに「ここで話してもいいんだ」
という安心感を育てます。

「先生として」ではなく「一人の人間として」伝える

先生だから正しい、
先生だから間違えない

──そのスタンスを手放したとき、
子どもとの関係は変わり始めました。

私が子どもに意見を伝えるとき、
「先生は〇〇だと思う」ではなく、

「私はこう感じた」
という言葉を選ぶようにしています。

指導の場面でも、
「一人の人間として、
あなたのことが心配だから言っている」

という姿勢が、
子どもの心に届く言葉を生みます。

働き始めたころ、
先輩教師の真似をした指導は、
自分のキャラクターと
全く合っていませんでした。

子どもとの距離は縮まるどころか、
どんどん開いていった。

そこから
「自分らしくいること」
大切にするようになってから、
少しずつ関係が変わりました。

静かに壊れていくクラスのサイン ─ 心理的安全性の低下を見逃さないために

学級崩壊は突然起きません。

「静かにうまくいっているように見える」
ときに、すでに始まっていることが多い。

こんなクラスは要注意

  • いつも同じ子だけが発言している
  • 静かにさせることを「指導力」だと思っている
  • 気になる「あの子」が黙るようになってきた
  • 子どもが教師の顔色をうかがうようになっている

心理的安全性が低いクラスでは、
子どもは
「正解だけを言おう」と学習します。

失敗したくない、
バカにされたくない、
目立ちたくない。

その積み重ねが、やんちゃな子は反発、
おとなしい子が姿を消してしまいます。

どちらも、
「ここでは本音を出せない」
というサインです。

では、どうすればいいか ─ 明日からできる3つのこと

教師の「できている感」から離れ、
子どもの側に立ち戻ることが、
本物の学級経営の始まりです。

① 発言しなかった子を見る習慣をつける

授業後、今日一度も
発言しなかった子の名前を
思い出してみてください。

その子は何をしていましたか?
表情はどうであったか?

その子が「ここにいていい」と
感じていたか、
一度立ち止まってみることが出発点です。

② 「全員が参加できる場面」をルールの段階から設計する

私が行っているのは

わからない子が
手を挙げる方法です。

発言の形式を多様にする
(ノートを見せる・隣と話す)など。

発言が苦手な子がいることで
クラスの雰囲気が
マイナスにならない仕組みを、
最初から考えることが大切です。

③「先生として」ではなく「一人の人として」話す場面をつくる

「私はこう感じた」
「正直、私もわからないことがある」

──先生が人間らしくいられるクラスは、
子どもも人間らしくいられます。

完璧な指導者を演じるより、

あなた自身のキャラクターを
活かした関わりの方が、
子どもの心に届きます。


ここまで読んでくれた先生に、
少しだけ伝えさせてください。

「手が挙がること」

を喜んでいた自分に気づいたとして、
それは責めることじゃありません。

それだけ、クラスのことを真剣に
考えてきたということだと思います。

ただ、その目線を少しだけ
動かしてみてほしいのです。

挙手している子の顔から、
していない子の顔へ。

授業後の達成感から、
あの子は今日どうだったかな、
という問いへ。

完璧な学級経営なんて、
私にもできていません。

今もずっと、迷いながらやっています。

それでも、
「あの子が今日、少しだけ安心して
過ごせたかもしれない」

と感じられる瞬間があるから、
続けられています。

うまくいかない日があっていい。
試して、気づいて、また試す。

その繰り返しが、きっと子どもたちとの
信頼をつくっていきます。

一緒に、やっていきましょうね。

りゅう 先生

中学校体育10年→小学校5年目
「1人も独りにしない」
気になる“あの子”が輝く
体育の授業づくりや学級経営

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