はじめに 〜子育てがつらい、と感じていませんか?〜
「子育てが、つらいと感じることはありませんか。」
毎日ちゃんと向き合っているはずなのに、
頑張っているつもりなのに、
ふとした瞬間に、心が重くなる。
「親なんだから、これくらい普通だよな」
「教員をやっているんだから、子育てくらいできて当たり前だ」
そんな言葉で自分を奮い立たせながら、
それでも苦しくなって、
そしてまた、そんな自分を責めてしまう。
もし今、
教員として、親として、子育てがつらいと感じているなら、
それは決して弱さでも、失格でもありません。
僕自身、何度も同じところで立ち止まってきました。
そんなとき、
子育てに対する見え方を少しだけ変えてくれた言葉があります。
今日は、その言葉について書いてみようと思います。
子育てがつらいと感じている教員の方、
そして「こんなふうに感じてしまう自分はダメなんじゃないか」と悩んでいる方に、
少しでも届いたらうれしいです。
「愛されていてほしい人がいる なんて贅沢な人生だ」
僕には、大好きな曲がある。
SUPER BEAVERの「東京」だ。
その中にある、
「愛されていてほしい人がいる。 なんて贅沢な人生だ」
というフレーズが、どうしても心に残っています。
親になる前であれば、
正直、ここまで引っかかる言葉ではなかった気がします。
でも、親になってからは違いました。
この言葉を、何度も何度も思い返すようになったのです。
忙しい毎日の中で、
子どもの寝顔を見たときや、
何気ない一言に救われたとき、
ふとこのフレーズが頭に浮かびます。
親になると、どうしてこんなに苦しくなるんだろう
子どもと接していると、
自然とこんなふうに考えるようになりませんか。
「この子のために生きなきゃいけない」
「親なんだから、尽くさなきゃいけない」
最初は、それでいいと思います。
むしろ、責任感のある、まっとうな親だと思います。
でも、その思いをずっと握りしめていると、だんだん苦しくなってくる瞬間があります。
「なんか、しんどいな」
「もう嫌だな」
そして次の瞬間、そんなふうに思ってしまった自分を責め始める。
「親として不完全なんじゃないか」
「教員なのに、情けないんじゃないか」
苦しくなって、
また自分が嫌になって、
そのループを何度も繰り返す。
たぶん、多くの親、
特に教員として働く親が経験している感覚なのではないでしょうか。
「やらなきゃいけない子育て」からの違和感
そんなとき、ふとこのフレーズが頭に浮かびました。
「愛されていてほしい人がいる」
この言葉を、子育てに重ねて考えてみたのです。
自分が子どもにしていることは、
本当に「やらなきゃいけないから」やっているのでしょうか。
それとも、
「愛されていてほしい」
「幸せであってほしい」
そう願っている自分がいるからやっているのではないでしょうか。
「子どもは愛さなきゃいけない」ではなく、
「愛されていてほしいと願っている自分がいる」
そう捉え直せたとき、
子育ての重さが、ほんの少し軽くなりました。
「子どものため」は、いつの間にか自分を苦しめる
「子どものため」
「子どものため」
「全部、子どものため」
この言葉を繰り返していると、いつの間にか、自分で選んでいる感覚がなくなっていきます。
そんな状態になると、
- やらされてる
- 仕方なく続けている
- 我慢している
子育ては一気につらくなります。
これは、いわゆる他人軸で子育てをしている状態だと思います。
教員という仕事柄、「正しさ」や「理想」を大切にしてきた人ほど、この状態に陥りやすいのかもしれません。
「私がやりたいからやっている」と言えるか
一方で、こう言い換えられたらどうでしょうか。
「これは、私がやりたいからやっている」
「私が選んで、私が決めている」
そう思えた瞬間、
同じ行動でも意味が変わります。
それは、
自分軸で子育てをしているということです。
「私が決めたことだから」
そう思えるだけで、子どもへの関わりを、
自分ごととして引き受けやすくなります。
子育てがつらくなったとき、自分に投げたい問い
もし今、あなたが
子育てがつらいと感じているなら、
一度立ち止まって、こんな問いを自分に投げてみてください。
これは、
本当に私が望んでやっていることだろうか。
それとも、
「親はこうあるべき」
「教員ならこうするべき」
そんな理想に縛られて、無理をしてやっていることではないだろうか。
もし、
「これは私の願いじゃない」
と感じるなら、少し距離を置いてもいいのです。
子どもには、きっと伝わっている
「あなたのためだから」
そう言いながらやっていることが、
実は自分をすり減らしているだけだったとしたら。
それは、子どもにもきっと伝わっています。
言葉にできなくても、
空気として、雰囲気として、
子どもは感じ取っています。
学校で教員として働く私たちだからこそ、
「大人の本音は、言わなくても子どもに伝わる」
そう感じた経験がある方も多いのではないでしょうか。
教員として、親として、無理のない幸せを選ぶ
ここまでお伝えしてきたことは
「自分さえ良ければいい」という話ではありません。
大切なのは、
自分の幸せの中に、子どもの幸せがあること。
「愛されていてほしい人がいる」
それは、
親である自分の中にある、確かな願いです。
その願いを大切にしながら、
自分の幸せの延長線上に子どもの幸せがある。
そんな関係性こそ、
教員としても、親としても、
無理なく続いていく形なのではないでしょうか。
最後に
「愛されていてほしい人がいる なんて贅沢な人生だ」
このフレーズは、
子育てがつらいと感じたとき、
親であることを少しだけ楽にしてくれる。
そう、僕は思っています。
最後まで読んでいただき感謝します。
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