このままでは先生がいなくなる
「先生って、大変そうだよね」
そんな言葉を、いつからかよく耳にするようになった。
かつては尊敬の対象だった“先生”が、いまでは「激務で報われない仕事」として語られることも少なくない。
現場にいる私自身も、そう感じてしまう日がある。
授業の準備、子どもへの指導、保護者対応、会議、校務分掌。
一日が終わって時計を見ると、外はもう真っ暗。
「今日、自分は子どもとどれだけ向き合えただろう」と自問する夜もある。
「子どもと向き合う時間」よりも、「事務や雑務に追われる時間」の方が長く感じられる。
本来一番大切にしたい“教育”の部分が、日々の忙しさに埋もれていく。
そんな現実に、無力さを感じる瞬間がある。
真面目で一生懸命な先生ほど、自分を責めてしまう。
「もっとできたはず」「あの子にあんな言い方しなければ…」と。
そして、心をすり減らし、静かに現場を去っていく。
そのたびに、残された先生たちの負担はさらに増える。
このままでは、先生がいなくなる社会がやってくる。
そう感じる瞬間がある。
けれど私は、それでもなお、この仕事に希望を見ている。
希望は、子どもたちの中にある
先生という仕事は、数字で評価されにくい。
でも、子どもと過ごす一日一日の中には、言葉にできない“価値”がある。
できなかったことができるようになったときの笑顔。
苦手な友だちと勇気を出して話せた経験。
「先生、今日ね!」と朝一番に話しかけてくる声。
それはどれも、子どもの成長の過程であり、
“人が人を育てる”という尊い営みの瞬間だ。
子どもと一緒に学び、笑い、成長を喜び合える日々は、何ものにも代えがたい。
だからこそ私は、先生という仕事を続けている。
そしていま、その希望を未来へつなぐために、「先生を支える」ことの必要性を強く感じている。
支える人を、支えたい
「頑張っても頑張っても、報われない気がするんです。」
その先生は、子ども思いで、真面目で、授業にも熱心だった。
けれど、忙しさの中で心がすり減り、自信を失っていた。
周りの先生も同じように疲れていて、相談できる相手がいなかったという。
「先生を支える仕組みがない」という現実を、目の前で突きつけられた瞬間だった。
先生はいつも“支える側”にいる。
子どもを支え、保護者を支え、学校を支える。
でも、支える人を支える仕組みがない。
それでは、教育という循環がいつか止まってしまう。
教育は、社会の土台
教育は、社会の根っこを育てる営みだ。
そして先生は、その根っこを支える存在だ。
今の子どもたちは、やがて社会をつくる大人になる。
その子どもたちと日々向き合う“先生”を支えることは、
よりよい未来の社会を育てることと同じだと、私は信じている。
疲れた先生が少し元気を取り戻せば、その笑顔は教室に戻る。
笑顔の先生が増えれば、子どもの笑顔も増える。
子どもの笑顔が増えれば、社会は少しずつ明るくなる。
最後に
もし今、しんどさや迷いの中にいる先生がいたら、
どうか一人で抱え込まないでほしい。
立ち止まってもいい。
泣いてもいい。
悩んでもいい。
大切なのは、「もう一度立ち上がる力」を失わないこと。
その力は、誰かとのつながりの中で必ず取り戻せる。
先生が笑えば、子どもも笑う。
子どもが笑えば、未来も笑う。
だから、私は信じている。
先生を支えることは、未来を支えること。
これが、私が教育者として、そして一人の人間として、未来のためにできることだと思っている。
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