読んで下さり、ありがとうございます。
突然ですが——あなたは「究極の生徒指導」ってどんな姿だと思いますか?
叱る力? 圧倒的なカリスマ性? それとも、魔法のような指導技術でしょうか。
その“当たり前”を揺らす出来事が、先日ありました。
校長先生と交わした、たった数分の会話。
でも、その一言で僕の中の価値観がガラッと動いたのです。
何気ない会話から始まった
その日の放課後、ふとした雑談の流れで校長先生が言いました。
「究極の生徒指導って、結局は“あの先生が言うなら、しゃーないな。やってみるか”って思ってもらえる関係なんちゃう?」
僕は思わず手が止まりました。
17年も現場にいて、こんな角度の言葉を投げかけられたのは初めてでした。
僕はどこを見ていたんだろう?
正直、僕は生徒指導を「望ましい行動を増やし、望ましくない行動を減らす」という枠で考えていました。
いわば、“行動”が主語の生徒指導。
でも校長先生の言葉は、
その前にある“関係性”の大きさを突きつけてきたのです。
行動を見る前に、
“どんな関係でいるか”が子どもを動かす。
分かっていたつもりのことが、
急に別の光で照らされた瞬間でした。
関係は「編み物」だった
校長先生は続けました。
「スーパーティーチャーやなくてええねん。
丁寧に、丁寧に、縦糸と横糸を編むみたいに、体と心でやりとりしていく。
そしたらある日、子どもの行動は勝手に変わんねん」
この比喩に、僕は完全にやられました。
生徒指導とは、
・注意することでも
・叱ることでも
・技術を駆使することでもなく
心と心の糸を、ゆっくり編んでいく作業。
僕も子どもたちの笑顔やつぶやきに救われてきた身です。
その言葉が胸の奥まで染み込んでいきました。
では、僕にできることは?
そこで、自分に問い直しました。
「僕は、子どもに“自分の願い”をきちんと言葉で伝えているだろうか?」
行動を変えようとする前に、
“先生はこういう世界を一緒につくりたいんだよ”
“こういう姿を目指したいと思っているんだよ”
という、大前提の《願い》を伝えていたか。
たぶん、伝えきれていなかった。
だから今日からの課題はこれだと気づきました。
僕が今日からやること
望んでいることを、丁寧に言葉にして伝えること。
・「静かにしなさい」ではなく
→「みんなの声を聞き合える時間にしたいと思ってるよ」
・「やめなさい」ではなく
→「こういう姿を一緒に目指したいんだ」
“指示”ではなく“願い”。
“命令”ではなく“共創”。
言葉の選び方ひとつで、関係の糸は強くも弱くもなる。
そのことを、校長先生との対話が静かに思い出させてくれました。
行動は“後から”変わる
子どもが変わる瞬間って、不思議です。
急に変わるようでいて、実はその前に積み重ねられた「関係の布」がある。
・寄り添った日
・名前を呼んだ瞬間
・話を聞いた時間
・一緒に笑った朝
その全部が編まれて、ようやく行動に表れる。
今日、校長先生のひと言で、僕はまた一歩
“人格を磨き、人の育ちに貢献できる教員”に近づけた気がします。
ここまで読んで下さり、本当にありがとうございます。
あなたが考える「良い生徒指導」「良い関係づくり」について、よければコメントで教えてください。
あなたの経験が、きっと誰かの育ちのヒントになります。
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