成績処理、とりわけ所見の時期。
正直に言うと、僕はこの時期がずっと苦手だった。
文章を書くこと自体は嫌いじゃない。
むしろ、noteも書くし、発信もしている。
なのに、所見だけはなぜか進まない。
パソコンを開く。
名簿を見る。
一人分書こうとして、止まる。
気づけば10分、画面を眺めている。
以前の僕は、この状態にかなり自己嫌悪を感じていた。
「こんな短い文章も書けないのか」
「要領が悪いのかな」
そんなふうに、自分を責めていた。
そもそも、僕がブログを書き始めた理由の一つが、所見だった。
当時、所見を見ると必ず赤が入る先生がいた。
厳しい人、というより、正確な人。
言葉のズレや、評価の甘さを見逃さない人だった。
「ここは言い切りすぎ」
「これは事実じゃなくて印象だよね」
「この一文で、この子が見える?」
そう言われるたびに、原稿は赤くなって返ってくる。
自分なりに考えて書いたつもりなのに、
返ってくるのは、修正と指摘ばかりだった。
正直、つらかった。
「自分の文章は、そんなにダメなんだろうか」
そう思ったことも、何度もある。
今思えば、その先生は、
子どもを雑に扱わないために、
言葉を雑にさせなかったんだと思う。
でも当時の僕には、
その“正しさ”を受け止める余裕がなかった。
教員には所見の時期、何が起きているか
所見を書く時期って、単純に忙しい。
成績処理、会議、行事準備、保護者対応。
その合間に、数十人分の文章を書く。
しかも所見は、
- その子らしさを出したい
- でも形式もある
- 言葉選びに気を遣う
- 誰かに見られる前提
という、地味に神経を使う仕事だ。
「今日は3人分書こう」と思っても、
1人目でエネルギーを使い切ってしまうこともある。
なぜ、所見はこんなにしんどいのか
今ならはっきり言える。
所見がしんどい理由は、
「一気に良い文章を書こう」としているからだ。
- 最初から完成形を目指す
- 他の子とのバランスを考えすぎる
頭の中で、同時にやることが多すぎる。
つまり所見は、
文章作成+評価+比較+チェックを
一度にやろうとしている状態。
そりゃ、脳が止まる。
このままだと、何が起きるか
この状態を放置すると、どうなるか。
- 作業が夜にずれ込む
- 疲れて判断力が落ちる
- 表現が雑になる
- さらに自己嫌悪
僕はこれを何年も繰り返していた。
「忙しい時期だから仕方ない」
そう思いながら、実はかなり消耗していた。
成績処理や所見に追われ、
クラスが傾きかけたこともあった。
ポモドーロという解決策
そんな僕を救ってくれたのが、
ポモドーロ・テクニックだった。
やり方はシンプル。
- 25分集中
- 5分休憩
- これを1セット
最初にやったとき、正直な感想は
「こんなんで進むわけない」だった。
でも、所見との相性は抜群だった。
ポモドーロ × 所見 が強い理由
ポイントは、目標を「完成」から外すこと。
ポモドーロ1セットの目標は、これだけ。
この25分は、とにかく書く
うまい文章じゃなくていい。
整ってなくていい。
とにかく書く。
25分で区切られているから、
- 深く考えすぎない
- 他の子のことを考えない
- 「今はこの子だけ」と割り切れる
これが、脳にめちゃくちゃ優しい。
実際の僕のやり方
僕はこんな感じでやっている。
- Apple Watchの「FOCUS」というアプリで25分セット
- その時間は、とにかくタスクに取り組む
- 10分休憩を取る
(自分には、この休憩時間が合っている)
途中で職員室がざわついても、
「今は25分だけ」と思えると、集中が切れにくい。
結果として、
- 進んでいる実感がある
- 所見への抵抗感が減る
- 定時で帰れる日が増える
という変化が起きた。
大事なのは「集中」じゃなく「区切り」
ポモドーロをやって気づいたのは、
必要なのは「集中力」じゃなかったということ。
終わりが決まっている安心感。
25分で終わると分かっているから、
脳が仕事に入ってくれる。
所見が苦しい人ほど、
能力の問題じゃない。
やり方の問題だと思う。
最後に
所見は、真面目な人ほど苦しい仕事だと思う。
でも、
苦しい=向いていない
ではない。
区切って、淡々とやる。
そして、ときどき誰かとつながる。
それだけで、
この時期はちゃんと乗り切れる。
今年の所見期、
ポモドーロと、ジーニーという居場所で
少し楽に越えていきませんか。
少なくとも僕は、
これでだいぶ救われました。
ぜひ、無料相談会にお越しください↓
今日はこれでおしまい。
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