体力テストの時期が近づくと、こんな光景が生まれます。
「去年より記録を伸ばそう!」と
先生が声をかけ、反復横跳びの練習が始まる。
ソフトボール投げのコツを繰り返し指導する。
子どもたちは練習する中で、友だちの記録と自分を比べている……。
先生に悪気はまったくない。むしろ子どもたちのためを思って。
でも、それは体育の本来の目的から少しずれているかもしれません。
16年間、体育を教えながら今の私が考えていることを話したいと思います。
体力テストの練習をしている先生へ。それ、体育の授業じゃないかもしれません
体力テストの目的、正確に言えますか?
文部科学省が定める新体力テストの目的は明確です。
「国民の体力・運動能力の現状を把握し、体育・スポーツ指導と行政上の基礎資料を得ること」(文部科学省・新体力テスト実施要項より)。
子どもたちの順位をつけるためのものでも、記録を競い合うためのものでもありません。
一言でいえば、体力テストは
「これまでやってきた運動がどれだけ身についているかを確認するツール」です。
テストのために練習することは、漢字の他の読み方も使い方もわからないけど、ただただテストのために「答えを丸暗記すること」に近い。
それが子どもの本当の体力の実態を反映しているかというと、疑問が残ります。
📌 文部科学省「新体力テスト実施要項」より
新体力テストは「体力・運動能力の現状を明らかにするとともに、体育・スポーツの指導と行政上の基礎資料を得ることを目的として毎年実施している」
と明記されています。
記録の向上そのものが目的ではなく、
現状把握→指導改善のためのデータ収集ツール
であることを教師が正しく理解することが大切です。
📊 スポーツ庁「令和6年度 全国体力・運動能力、運動習慣等調査」より
小学校女子の体力合計点は引き続き低下傾向。
また「運動は好き」と答えた児童ほど体力合計点が高く、「運動時間が長い」児童ほど体力合計点が高い傾向にあることが明らかになっています。
つまり「テスト対策の練習」より
「運動を好きにさせる授業」のほうが、
記録向上に直結しているというデータが出ているのです。

体力テストの練習が、体育嫌いの子を生んでいるかもしれない
もうひとつ、見落としがちな問題があります。
「記録を上げよう」という言葉が飛び交う空間では、必ず記録が伸びない子が生まれます。
そしてその子は、言葉にはしなくても、静かに傷ついています。
これは私自身の原体験でもあります。
中学校体育の教師として10年、小学校で6年間体育の授業を担当してきた私が、一貫して大切にしてきたことがあります。
それは、「私の授業で、体育が嫌いになる子を生み出さない」ということです。
高校時代、サッカーの授業で友だちにバカにされた経験があり、私はその後のサッカーで動くことをやめた。
上手くないことは自分でわかっていた。
でも、あの経験が引き金だった。
あの瞬間の感覚を、今でも覚えています。
クラスで必ず「傷ついている子」がいる
「測定」が始まった瞬間、子どもは自動的に比べ始めている
子どもは正直です。
自分の記録が出た瞬間、隣の子と比べます。
「○○くんより速かった」「また負けた」
という感情は、教師がどれだけ言葉を尽くしても、消すことはできません。
むしろそう感じないことの方が不自然です。
問題は比べることそのものではなく、
「比較によって自尊感情が傷つく子が必ず出る」
という現実を、教師がどこまで意識しているかです。
だからこそ、計測を始める前に「前提条件」を伝えることが大切です。
「記録が良い=すごい、悪い=ダメ、ということじゃない。
これは、今の自分の体力を知るためのテスト。」
この前提を共有せずに始めると、スポーツテストは知らぬ間に
「子どもが傷つく場」になります。
たった一言で、その場の意味が変わります。
「すごい!」と褒めるとき、できなかった子は?
記録が伸びた子を褒めることは悪いことではありません。
ただ、気をつけてほしいのは
「すごい!」という評価が、
できない子の自尊感情を傷つけていることがあるという視点です。
「50m走で7秒台!すごいね!」と教師が言ったとき、9秒かかった子は何を感じているか、思い浮かべてみてください。
私が16年の現場経験の中で出した答えは、
「結果を評価するのではなく、プロセスを価値づける」ことです。
これは教育心理学でいう「内発的動機づけ」とも重なります。
結果への外部評価ではなく、努力や工夫のプロセスに注目することで、子どもは「また挑戦しよう」という気持ちを自分の中から生み出せるようになります。
| ❌ 評価(結果にフォーカス) | ✅ 価値づけ(プロセスにフォーカス) |
|---|---|
| 「記録が上がったね、すごい!」 | 「最後まで諦めなかったね」 |
| 「去年より速くなったじゃん!」 | 「フォームを意識してたの伝わったよ」 |
| 「〇〇さんはいつも頑張ってるね」 | 「今日、〇〇の部分を工夫してたね」 |
記録が伸びなかった子にも、頑張ったプロセスは必ずあります。
そこを見てもらえた経験が、子どもの「また挑戦してみよう」につながります。
来年の体育はもう始まっている
体力テストの結果をどう使うか
結果を見て子どもが一喜一憂しているとき、教師は何をしているでしょうか。
私が意識してほしいのは、結果を俯瞰して読むことです。
「今年のクラスは握力が低い傾向があるな」
「ソフトボール投げが全体的に弱い。投げる動作に慣れていないのかも」
「長座体前屈は良いけど、シャトルランが厳しい」……
この分析が、今後の授業設計に直結します。
これまで体育の授業を担当してきた私の実感として、クラスの傾向を知っている教師と知らない教師では、
授業の質が確実に変わります。
新体力テスト施行後の長期間で見ると、
ソフトボール投げの記録は明らかに低下傾向にあります。
これはスマートフォンやゲームの普及による「投げる動作」の減少が主な原因とされています。
全国データと自校データを比較することで、
「うちの学校は全国平均より投力が低い
→授業の前運動で投げる動作を増やそう」という
具体的な手が打てるようになります。
これが体力テストの本来の使い方です。

記録が低い子のデータに、その子への関わり方が隠れている
全体の傾向と同時に、個々のデータも丁寧に見てほしいと思います。
「この子、シャトルランはいつも苦しそうだけど、立ち幅跳びは得意なんだな」という発見が、その子への関わり方を変えるきっかけになります。
苦手な部分だけを見るのではなく、得意な部分を知ることが、
子どもを体育嫌いにしないための第一歩です。
今年の記録を分析すれば、来年の体育が変わる
毎時間たった5分。それが来年の記録を左右する
体育主任の先生にはぜひ考えてほしいのですが、体力テストの結果を前運動(授業冒頭の準備運動)に活かすというアプローチがあります。
たとえば「全校的にソフトボール投げが弱い」という傾向が見えたなら、
投げる動作を含んだ前運動を全校で取り入れるよう提案できます。
毎時間5分の積み上げが、来年の体力テスト記録向上に確実につながっていきます。
体力向上には「PDCAサイクルの実施」と「新体力テストを用いた評価」の活用が有効とされています。
学校単位でデータを蓄積し、
「Plan(計画)→ Do(実施)→ Check(評価)→ Action(改善)」の
サイクルを回すことで、体力向上の取り組みを継続的に改善できます。
「記録向上」=「楽しい」ではない
「記録を上げることが目的ではない」と言いながら、
記録向上の話をするのは矛盾に聞こえるかもしれません。
でも順番が大切です。
テストのために練習するのではなく、
子どもたちの体力が育つ授業設計をした結果として、記録が上がる。
それが本来の姿です。
今年の結果を丁寧に分析し、PDCAのサイクルを回せるのは
現場の先生にしかできないことです。
体力テストは、来年の体育授業への「スタートライン」
スポーツ庁のデータは明確に示しています。
「運動を好きな子」のほうが体力合計点が高い。
テスト対策の練習より、運動を好きでいられる授業設計のほうが、
記録向上に直結しているのです。
- 計測の前に「これは競争じゃないよ」と前提を伝える
- 結果ではなくプロセスに目を向けて価値づけする
- クラス・学年・学校全体の傾向を分析し、来年の授業設計に活かす
- 体育主任なら前運動で全校の体力向上を仕掛ける
体力テストの結果は、「終わり」ではなく
「来年の授業への出発点」です。
今年の記録を手元に置いて、ひとつだけ考えてみてください。
「このクラスに足りていない動きは何か。来年の授業でどう補えるか。」
その問いが、来年の子どもたちの体力を変えます。
そして何より、子どもが運動を好きでいられる授業が、記録よりも大切なものを育てていきます。
16年間の現場で私が確信していることです。
一緒に、これからの体育の授業を一緒に設計していきましょう。
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