イベント報告

【開催報告】第4回 参加型発問作成会中村先生と探る「自然愛護」と授業デザイン

イベント報告

1.対話から生まれる、新しい道徳授業

教員コミュニティ『ジーニー』主催の「参加型発問作成会」も、今回で4回目となりました。

これまでのテーマ「正直」「努力」「個性の伸長」に続き、今回は内容項目D「自然愛護」に挑戦。講師には、道徳教育の実践家・研究者であり、先日『はじめての学級づくり』を出版された中村先生をお迎えしました。

中村先生が一貫して大切にされているのは、
「答えを探す」のではなく、「問いを育てる」 という姿勢です。

正解のないテーマに向き合う道徳では、教師自身が問いを深める体験こそが、授業の質を大きく高めます。本会も、単なるスキル習得ではなく、先生同士の対話を通して実践知を共有する場として実施されました。

2.道徳と特活は「両輪」である

授業を単発で終わらせないためには、学級経営の視点が欠かせません。中村先生の実践は、道徳と特別活動(特活)を一体として捉える点に特徴があります。

学級づくりの設計図

● 目指す姿
自主(自分で動く)
自立(自分の物差しを持つ)
自治(その力を集団へ還元する)

● 成長を支える両輪
道徳で「価値」を耕し、
特活で「実践」へとつなぐ。

● それを動かすエンジン
自己調整学習能力
(自分を理解し、意欲を整え、方法を選ぶ力)

そのエンジンに火をつける問いが、
「どうしたい?」 です。

教師が答えを与えるのではなく、子供に投げ返す。この一言が、子供を「指示待ち」から「自己決定」へと導きます。

3.「自然愛護」をどう深めるか

「自然愛護」は抽象度が高く、扱いが難しいテーマです。そこで発達段階ごとのねらいを整理しました。

発達段階ごとの視点

低学年
身近な動植物への親しみと優しさ
「自分と同じように生きている」という共感

中学年
自然の不思議さ・素晴らしさ
なぜ命を粗末にしてはいけないのかという驚き

高学年
自然の偉大さ
「人間は自然の主人ではない」 という謙虚さ

中学校
自然の崇高さ
人間中心主義を超えた「畏敬の念」

「まもる」という言葉の違い

セッションでは、「まもる」という言葉の違いも掘り下げられました。

守る
外敵から防ぐイメージ

護る
大切に思い、支えるイメージ(心が介在)

保つ
持続できる状態を維持するイメージ

とくに「護る」には、対象への思いが含まれます。この微妙な違いを意識することで、発問の質は大きく変わります。

4.対話が生んだ問い

参加者からは、人間中心主義を揺さぶる問いが次々と出ました。

・自然なんてどうでもいい、と思う瞬間はないか
・自然と人間は本当に別の存在なのか
・動物や植物は「友達」になれるか
・便利さのために自然を壊すのは本当に悪なのか

特に印象的だったのは、
「護られることの窮屈さ」 という視点です。

「守ってあげる」という姿勢には、上下関係が含まれていないか。自然をコントロールする立場に立っていないか。

ここから、「守る」から「共にある」へという発想転換が見えてきました。

5.明日の教室へつなぐ実践

理論だけで終わらせず、具体的な実践にも話が及びました。

発問例

・自然も生きていると感じるのはどんなとき?
・自然を大切にできる人は、自分をどう成長させられる?
・便利さと引き換えに失ったものは何?

生命の連続性を感じる実践例

1年生
アサガオを育て、枯れたツルをリースに。
種を次の1年生へ手渡す。
姿が変わっても命は続くという体験。

5年生
森林資源や公害問題を社会科と接続。
便利さと環境負荷の葛藤を考える。

6.問い続けるコミュニティへ

今回のセッションで浮かび上がったのは、「自然愛護」が人間の在り方そのものを問うテーマだということでした。

中村先生は、今後も道徳22項目すべてを巡る発問づくりを続けていかれます。

教員コミュニティ『ジーニー』では、こうした深い対話の場を毎月開催しています。

一人で考えるには限界があります。
共に問い、共に揺さぶり合いながら、
教育の未来を形にしていきましょう。

【教員コミュニティ「ジーニー」について】
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