教員コミュニティ『ジーニー』主催の「参加型発問作成会」は、第9回を迎えました。
この会は、授業で使える発問やテクニックを学ぶ場ではありません。教師自身が教育の本質的な問いと向き合い、対話を通して考えを深める「探究の場」です。
長年ご一緒している中村先生との発問作成会では、「正しい答え」を探すのではなく、問いを生み出すプロセスそのものを参加者全員で考えていきます。
今回のテーマは、道徳の中でも特に難しい
- 公正
- 公平
- 社会正義
という内容項目でした。
教師自身の価値観が問われるテーマだからこそ、多くの気づきと学びが生まれる時間となりました。
「定義」よりも「対話」を大切にするアプローチ
今回、中村先生はあえて「社会正義」の定義には深入りせず、「公正」と「公平」に焦点を当てました。
さらに特徴的だったのは、「まず定義を説明する」のではなく、「問いから考える」という進め方です。
言葉の意味を暗記するのではなく、
「自分はどう考えるのか」
「なぜそう思うのか」
を対話しながら探究していきました。
参加者は教師という立場を離れ、一人の人間として「何が正しいのだろう」と考え続ける時間を過ごしました。
「公」とは何か?
今回の対話の入り口となったのは、
「公正・公平の『公』とは何だろう?」
という問いでした。
チャットには次々と興味深い問いが寄せられます。
- アンパンマンは人を殴っているけれど、それは公平なのか。
- 勉強した子としなかった子が同じ点数だったら、それは公平なのか。
- 寝坊で遅刻した人と、人助けで遅刻した人を同じように扱うことは公正なのか。
- お年寄りに席を譲ることは、他の人にとっては不公平ではないのか。
一つひとつの問いを考えていく中で見えてきたのは、「公」という言葉の難しさです。
集団全体にとっての公平さを目指そうとすると、必ずそこからこぼれ落ちてしまう人がいる。
教師が日々感じる
「本当にこれでいいのだろうか」
という迷いは、この「集団」と「一人ひとり」の間で揺れ動いているからなのだと改めて実感しました。
参加者全員で、そのモヤモヤこそが道徳的な探究の出発点であることを共有しました。
教育に「完全な公平」はあるのか
後半では、議論はさらに深まり、
「教育における評価は差別なのか、それとも区別なのか」
というテーマへ。
その中で印象的だったのは、
「区別と言っても、その基準を決めているのは多数派ではないか」
という参加者からの意見でした。
教師が「公平だ」と思っているルールも、ある子どもにとっては苦しさや生きづらさにつながることがある。
だからこそ教師には、
「本当にこのルールは公正なのだろうか」
と問い続ける姿勢が求められるのだと感じさせられる時間でした。
中村先生は最後に、
「簡単に答えが出ないこと、考えがまとまらないこと。それこそが誠実な教育者の姿です。」
と語られました。
すぐに結論を出すのではなく、葛藤を抱えながら考え続けること。
その姿勢こそが、子どもたちと共に社会を考える教師にとって最も大切なのだと改めて学びました。
「職員室ではできない話」ができる場所
イベント終了後、多くの参加者が
「まだ答えは出ていないけれど、考え続けたい。」
と話していました。
その「答えがまとまらない感覚」こそ、価値観が揺さぶられ、思考が深まった証です。
忙しい毎日の中ではなかなか語り合えない教育の本質について、立場を超えて安心して対話できる。
それが教員コミュニティ『ジーニー』の大きな魅力です。
おわりに
教育には、すぐに答えの出ない問いがあります。
だからこそ、一人で考え続けるのではなく、多様な視点に触れながら対話を重ねることに大きな価値があります。
教員コミュニティ『ジーニー』は、そんな「職員室ではなかなか話せない教育の本質」を安心して語り合える場所です。
今回ご紹介した「参加型発問作成会」も、ジーニーの活動の一つです。
ジーニーに興味をお持ちいただけた方は、まずは公式LINEにご登録ください。
その後、毎週開催している「ZOOM教員会」にご参加いただくと、無料で教員コミュニティ『ジーニー』へご参加いただけます。コミュニティメンバーになると、この「参加型発問作成会」をはじめ、教育・AI・キャリア・ウェルビーイングなど、さまざまな学びの場に参加できます。
教育について本音で語り合い、仲間とともに学び続けたい先生は、ぜひお気軽にご参加ください。
🔽教員コミュニティ『ジーニー』公式LINEはこちら
https://lin.ee/SjBHjVV
次回のイベントで、皆さまとお会いできることを楽しみにしています。
-1.png)

