イベント報告

【開催報告】道徳の「核」を問う第11回発問作成会 ~ 礼儀の形式を超え、その「真心」に触れる対話の記録 ~

イベント報告

1.11回目を迎えた「道徳発問作成会」

教員コミュニティ『ジーニー』で続いている「道徳発問作成会」も、今回で第11回を迎えました。

道徳教育の実践家・中村先生を講師に迎え、2年間をかけて全22の内容項目を扱っていくこの企画。

単なる知識や指導技術を学ぶ研修ではなく、「そもそも、この道徳的価値とは何なのか?」を参加者同士で問い直し、自分自身の授業観まで揺さぶられる時間になっています。

また、今回は本編の前夜に「道徳飲み会」も開催されました。

職員室ではなかなか話せないことも、肩の力を抜いて語り合える。そんな関係性が少しずつ育っていることも、『ジーニー』ならではの魅力です。

「正解を探すのではなく、問いを育てる」

中村先生のこの姿勢を軸に、今回も参加者同士で「礼儀とは何か」を深く掘り下げていきました。

2.学習指導要領から考える「礼儀」

今回、まず着目したのは、学習指導要領における「礼儀」の位置づけです。

発達段階によって、その表現には少しずつ変化があります。

  • 1・2年生:気持ちのよい挨拶、言葉遣い、動作などに心がけ、明るく接する。
  • 3・4年生:礼儀の大切さを知り、誰に対しても真心をもって接する。
  • 5・6年生:時と場をわきまえて、真心をもって接する。
  • 中学校:礼儀の意義を理解し、時と場に応じた適切な行動をとる。

ここで中村先生が問いを投げかけたのが、「大切さ」と「意義」の違いです。

小学校では、「相手に対して真心をもって接する」という、より内面的な部分が重視されています。

一方、中学校では「礼儀の意義を理解する」と表現されます。

つまり、礼儀がなぜ必要なのか、社会の中でどのような役割を果たしているのかまで考えることが求められているとも捉えられます。

こうした抽象的な問いを子どもたちの思考につなげるため、中村先生は、世田谷区の小学校での「哲学対話」でも活用している「キーワードカード」を紹介しました。

「なぜ?」

「もし〜だったら?」

そんな問いをきっかけに、子どもたちは「挨拶をする」「お辞儀をする」といった形式のさらに奥にあるものを考えていきます。

3.「礼を尽くす」とは、何を尽くすことなのか?

対話の中で、特に印象的だった問いがありました。

「武道などで言う『礼を尽くす』とは、一体何を尽くしているのだろう?」

剣道や弓道などの経験をもつ参加者からも、それぞれの体験が語られました。

そこで見えてきたのは、礼の対象は必ずしも「目の前にいる相手」だけではないということです。

指導者や仲間はもちろん、自分が稽古をさせてもらう「道場」という環境そのものに対しても、礼を尽くす。

それは、自分が決して一人だけで存在しているわけではなく、周囲の人や環境に支えられていることを認識することでもあります。

「礼」は、相手への敬意であると同時に、自分自身の在り方を見つめる行為でもある。

そんな視点が浮かび上がりました。

4.「形」と「心」の間にあるもの

一方で、こんな問いも出ました。

「卒業式のような、非常に形式的な礼儀は本当に必要なのだろうか?」

学校現場にいるからこそ出てくる、リアルな疑問です。

礼儀には、大きく2つの側面があるように思えます。

✅️ルールとしての礼儀

社会を円滑にするための共通のルールであり、「この形をもって敬意を表す」と社会で共有されているもの。

✅️心としての礼儀

相手を尊重し、相手が心地よく過ごせるように配慮すること。

どちらか一方だけでは、礼儀の本質には届きません。

形だけになれば、礼儀は簡単に形骸化してしまう。

しかし、心があっても、それを相手に伝える「形」がなければ、敬意が伝わらないこともあります。

「形」と「心」。

その両方が重なったときに、初めて「礼」になるのではないか。

そんな考えに、対話は深まっていきました。

5.「今からでも、礼儀正しくなれるのか?」

では、挨拶ができない子、靴を揃えられない子に、私たちはどう向き合えばよいのでしょうか。

ここで中村先生から、ある子どものエピソードが紹介されました。

学校生活では不適応な行動が多く、暴力や暴言も絶えなかった子ども。

しかし、その子には一つだけ、ずっと続けていた習慣がありました。

「靴だけは、きれいに揃えていた」

この小さな行動を、教師はどう見るのか。

中村先生は、その行動の奥にある「まだ曲がりきっていない何か」を見逃してはいけないと語りました。

一見すると些細な「靴を揃える」という行為。

しかし、それはその子の中に残っていた大切な部分を示す、小さなサインだったのかもしれません。

教育において大切なのは、できていないことを指摘するだけではなく、その子の中にすでにある「できていること」や「残っているもの」に気づくこと。

その小さな光を見つける教師の眼差しが、子どもの変化のきっかけになるのかもしれません。

そして礼儀は、生まれつき決まっているものではありません。

後から身につけていくことができる「意識」であり、「選択」でもあります。

相手や場によって求められる礼儀が違うことを理解しながら、自分自身の在り方を少しずつ磨いていく。

そこには「自分自身に礼を尽くす」という視点も含まれているのではないでしょうか。

6.私たちは「礼儀」をどう捉えたのか

約1時間の対話を通して、参加者からはさまざまな「礼儀」の定義が出てきました。

  • 「自分も自分以外も尊ぶこと」
  • 「畏敬の念の現れ」
  • 「真心・敬意・愛」
  • 「謙虚+感謝」

どれも一つの言葉では言い切れない、礼儀の奥深さを表しています。

中でも印象的だったのが、「真心」という言葉でした。

礼儀は、相手からの評価や見返りを得るためのものではなく、相手を思う気持ちそのものから生まれる。

だからこそ、「形式を守ること」だけではなく、その形の奥にある「心」を考える必要があります。

中村先生は最後に、礼儀には、

  • 名詞:形式・所作
  • 動詞:行動・気持ちが動くこと
  • マインド:心の在り方

という3つの層があると整理しました。

「お辞儀をする」「挨拶をする」といった目に見える行為だけではなく、その行動にどんな気持ちがあるのか。

さらに、その気持ちを生み出す自分自身の在り方まで含めて考える。

そこに「礼儀」という日本文化の道徳的価値の奥深さがあるのかもしれません。

7.『ジーニー』は、問い続ける場所

今回の「道徳発問作成会」で扱ったのは「礼儀」でした。

しかし、そこで問われていたのは、単に「子どもにどう礼儀を教えるか」という指導方法だけではありません。

「自分は人とどう関わっているのか」

「相手を尊重するとはどういうことなのか」

「形の奥にある心とは何なのか」

そんな、自分自身の生き方にもつながる問いでした。

教員コミュニティ『ジーニー』では、道徳だけでなく、ICT、けテぶれ、ウェルビーイング、キャリア、出版、副業など、教員の「仕事」だけではなく「生き方」そのものを考える場をつくっています。

毎週水曜日・木曜日の21:00からは、オンライン交流会「ZOOM教員会」も開催していますので、参加希望の方は公式LINEのリッチメニューよりお申し込みください。

正解を教えてもらうのではなく、仲間と一緒に問い、考え、時には自分の考えを揺さぶられる。

そんな学びを、一緒につくっていきませんか?

「正解を探すのではなく、問いを育てる」

第11回の「道徳発問作成会」も、そんな言葉を改めて実感する時間となりました。

2年間をかけて全22項目を巡るこの学びの旅は、まだまだ続きます。

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